いまある社会関係を活かした開発を目指して

エチオピア南部の半乾燥地ボラナ県などで学んだことを、忘れてしまわないうちに…。No Day But Today / Carpe Diem

(11) コミュニティでのパイロット事業実施に当たって考えたこと

水源・牧草地の開発について考えたこと

  1. 伝統的な水・牧草の管理システムでは、群れを分割して雨季のマザー・キャンプと乾季のサテライト・キャンプの間を往復すること、複数のサテライト・キャンプの中からその年、その時点での最善の選択をすること、干ばつが厳しくなったときには二段構え、三段構えでより遠くへ移動すること、余裕があるときにできることをしておくこと、社会的な関係に頼ることなどを組み合わせて、地域全体の水と牧草の利用の微妙なバランスを取って来たように見える。それが伝統的な水・牧草管理の基本方針であることを踏まえて、ここに大きな変化を起こさないようにすることが重要である。
  2. ただし乾季の飲料水がないために群れを分割して乳牛や子牛だけマザー・キャンプに残すこともできず、村中が移動せざるを得ないような場合には、人が通年使えるような水源を開発することが最優先の課題となると考えられる。
  3. トゥラ(伝統的な井戸群)がある地区では、乾季に他地域から来た牛たちが集中するため、既に過放牧となっていることが多い。このような地区で水源あるいは水量を増やすことは過放牧をさらに進める可能性があるので、むしろ牧草地の開発やゼロ・グレージングの推進を優先すべきであろう。
  4. トゥラのある地区で水源・牧草地の開発プロジェクトを実施する場合には、通常の乾季さらには干ばつ時の利用者のことを考えて水量や牧草のキャパシティを考える必要がある。FAOの調査(Ella / Borena Well Mapping Report [February 2012])では、周辺の村(PA)の家畜の数と人口だけを基本にしているようなので、キャパシティに関する情報をさらに入手する必要がある。
  5. 乾季のサテライト・キャンプの水源開発の優先度は高い。現状ではサテライト・キャンプとエラ、トゥラとの間を往復しているケースが多いため、ここに水源があれば移動がかなり楽になると考えられる。
  6. 遠隔地からトゥラへの移動には1週間あるいはそれ以上掛かることがある。その途中にあるエラやハロの数あるいは水量を増やすことができれば、3日に一度ギリギリで水を飲ませるのではなく、余裕を持って2日に一度、あるいは毎日水を飲ませることができれば体力を消耗しないで済む。そこに牧草があればなおよいであろう。

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    牛の移動パターンから考えて特に重要なハロ
  7. 水源や牧草地の開発が地域全体の水と牧草の利用のバランスに与えるインパク について単純に予測することは難しい。Haro Dambiの例に見るように水源ができた翌年の乾季には家畜が過大に集中して過放牧になったとしても、利用者はそこから学んで、その次の年には他の選択をする人たちが出て来ると考えられる。つまり安定するにはある程度の時間が掛かって当然な訳で、短期的に評価はできない。ただし安定する方向にあることを確認すること、逆に言えばシステムとして破綻しないようにしなければならないことは当然であろう。

農業技術の普及について考えたこと

  1. 当初の踏査ではボレナの人たちが牧畜民であることに捉われ過ぎて、ボレナの人たちにとっての耕作の位置づけを極めて低いものと考えていたが、聞き取りなどを通じて牧畜よりも耕作により多くの比重を掛けている農牧民が既にたくさんいることがわかった。自家消費のためのメイズやインゲンマメの生産は、特に伝統的な地域(例えばガダ・システムの総会が開かれるダス郡Gayo村、あるいはテルテレ郡やディロ郡のケニア国境に近い地域)を除けば、既にどこでも始まっている。したがって牧畜民が農業に関心を持ち耕作を始めるということよりも、むしろ既に農業は始めたけれどもまだ農牧民初心者であるというような人たちを主なターゲットと考えてよいであろう。
  2. 条播は労力ばかり掛かるので広い面積には向かないと考えられていること、生産性を上げるよりも面積を広くして生産量を増やすことを志向していること、放牧もしている場合がほとんどなので播種の時期に忙しいことなどから、野菜などを導入するのではなく、現在のメイズとインゲンマメの混作のままで、条播が本当に優位であると言えるのかどうかは、慎重に検討する必要がある。
  3. 耕作に関する研修は頻繁に行われているものの、住民からは理論ばかりで実践を伴っていない、例えば条播やコンポストと言っても実際にどんなものかがまったくわからないというようなコメントが多く聞かれた。研修を実践的なものにすることが最優先課題であろう。
  4. 高地から来た人たちがこれまでも篤農家として位置づけられ、農業はそこから見よう見まねで普及して来たという歴史がある。農業技術の普及において、今後もそれを活用しないという手はないであろう。
  5. 農地と牧草地との競合だけではなく農業適地を巡る競合も既に起きており、またシェア・クロッピングや農地の貸し借りも行われていることから、長期的な土地利用の方向性について慎重に考えながら農業技術の普及を考える必要がある。
  6. 聞き取りからは、若者たちの農業離れ、都会志向の強さが伺われる。農業をより魅力的なものにして行くことについて考えるとともに、広めていく必要がある。
  7. ほとんどの普及員が若い人たちであることから、それを機会と捉え、普及員の人的資源開発を中心に据えた農業技術の普及が期待される。

資源の管理・利用の仕方

  1. サテライト・キャンプ(乾季用の牧草地)への移動はボレナ・ゾーンの中央部ではMona(夜に牛を入れる囲い)単位、環境のより厳しい周辺部ではオラ(Olla=自然集落)単位で行っており、耕作もオラ単位で始めていることがわかった。その場合、意思決定はアバ・オラ(Abba Olla=集落の長。最初にその場所に住んだ人がなるのが通例)、ジャルサ・オラ(Jalsa Olla=集落内部のことを司る長老数名)が中心になって行っている。
  2. 共有の牧草地であるレラ(Rera)の管理については、レラ内の各オラに居住するゴサ(Gosa=クラン)を代表するジャルサ・ゴサ(Jarsa Gosa)またはジャルサ・ドゥガ(Jarsa Dhuga)と呼ばれる長老たちとアバ・オラが集まって行われるコナ・デガ(kona dheda)という会議で意思決定される。ここで決められるのは雨季にどこの牧草地で放牧するか、乾季のためにどの牧草地を取っておくか(Kaloというエリア・エンクロージャ)、エラ(Ella=乾季用の伝統的井戸)のある地域で外部からたくさんの牛が水を飲みに来る場合には、過放牧にならないようレラの中でどう割り振るか、あるいは複数のレラの間でどう割り振るかなどである。
  3. エラの管理に関して、「(9) 牛の移動パターン」に間違いがあった。「ゴサを代表する長老はジョルサ・ゴサ(Jorsa Gosa)と書いたが、Jorsa Gosaは上述のレラの管理に関して各オラに居住しているゴサを代表するだけで、ゴサそのものを代表する訳ではない。地域全体のゴサを代表するのはジャルサ・クエ(Jarsa Qe’e)と呼ばれる長老とその下でゴサに動員を掛けるのがジャラバ(Jalaba)と呼ばれる長老である。さらに複数のゴサで会議を持つときに各ゴサを代表するハユ(Hayu)という長老が存在する。エラの所有者は基本的にゴサ(クラン)であるが、コンフィ(konfi family=個人の所有者)のままのこともある。いずれの場合も3人のアバ・ヘレガ(Abba Herega=水の管理人)が任命され、水の管理を行う。
  4. 以上のように、耕作や乾季の移動などオラの中のことはオラ・レベルのリーダーであるアバ・オラやジャルサ・オラが主体となって意思決定するのに対して、共有の牧草地であるレラの管理についてはレラ内の各オラに居住するゴサを代表するジャルサ・ゴサ/ジャルサ・ドゥガが、エラの管理についてはジャラバが集まるという形で意思決定している。

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    ボレナ県における伝統的な水・牧草の管理システム

エラの補修のやり方

 コミュニティによるエラの補修の具体的なやり方についていくつかの事例を紹介したい。

  1. ヤベロ・ワレダElla Areriの場合:アバ・ヘレガが自分のゴサと関係するその他のゴサに声を掛けて、エラ修復(AFDというNGOがコンクリートを使って整備したが、それがひび割れて水が漏れている。7つの水飲み場のうち2つが使用できない状態)の必要性について議論、二度目の会合ではゴサとして8万ブルを集めることを決定、8万ブルを各レラ、さらに各レラの中の各オラに割り振り、さらに所有する牛の頭数に合わせてオラの中のモナ別の負担額を決定した。以前はブア(bu’a=オラの中の複数(通常2~3)のモナで一つのブア)単位で計算していたが、今回は金額も大きいのでモラから直接徴収した方がわかりやすいということになった。それぞれのオラに一人ずついるジャルサ・ドゥラが責任を持ってお金を集めることになっており、既に70%は集まっている。前回の補修でコンクリートの建造物になっているため、これまでのように自分たちで補修したり砂を出したりという訳にはいかず、プロを送ってくれるNGOを探しているとのこと。

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    ヤベロ郡にあるElla Areri
  2. ヤベロ・ワレダElla Dikaleの場合:3ヶ月前にコミュニティだけで補修をしている。他のハロ(ため池)はNPOの協力で補修しているが、Ella DikaleはNPOの支援を受けていない。アバ・ヘレガの提案によりゴサの長老のQu’eと呼ばれる会議が開かれ、アバ・エラのゴサと関係するその他のゴサの代表(ジャラバ)が集まって、工事に何人必要か、またお金がどの位必要か(4千ブル)を議論し決定した。4千ブルをブア(放牧したり水を飲ませたりを一緒にするグループ。通常2~3モナで一つのブアになる)毎に分担することになり、牛の数によって金額を決めた(聞き取りをした人のブアは210ブル負担)。村(PA)の中でElla Dikaleを使っているのはブアが25位あるため、平均ではブア当たり150ブル程度となる。お金はジャラバが集め、必要な食料や資材はアバ・ヘレガが買いに行った。通常の補修であれば近隣のPAに居住するゴサだけで費用を分担し工事を行うがトゥラ(巨大なエラ群)の工事の場合は遠方に居住するゴサの協力も必要になる。
  3. ディレ・ワレダElla Fikaduの場合:2002年にコミュニティによって補修されている。その際、まずアバ・ヘレガがアバ・エラであるゴサの長老たちに召集を掛けて、補修が必要かどうかの議論を行い、補修を行うという決定をした後、二度目の会合で1万5千ブル集めることを決定した。その1万5千ブルをまずレラ単位、ついでオラ単位、モナ単位に分けて分担金を決めた。お金はジャルサ・ドゥガが集めた。工事には35人が参加して2ヵ月半掛かった。1万5千ブルは工事の食費で、メイズなどを買って来て料理するのが基本だったが、メイズが手に入らず、現金(1日10ブル)で支給したこともあった。二度目の補修は2011年にSORDUというNGOによって行われた。工事には100人が50日間参加し、300ブル/15日が支払われた。村の畜産開発事務所(PDO)とNGOが調査して工事の内容、金額などを決めたもので、コミュニティから補修を依頼した訳ではなく、コミュニティで会議も開いていない。
  4. ダス郡のElla Dambichaの場合:2008年にコミュニティで補修を行った。問題に気づいたアバ・ヘレガの1人がまずコンフィに報告、ジャルサ・クエが会議を招集した。実際に動員を掛けたのはジャラバ、集まって来たのは各オラを代表するジャルサ・ドガである。会議にはハユも参加し、会議の開会を宣言した。その会議の結果4万ブルを募ることになり、所有する牛の数によって負担額を決定した。負担金は最大で2千ブル/人、最小で50ブル/人だった。お金はジャラバが集金し、工事中の昼食のメイズ代、道具代などに使った。工事には35世帯が参加した。また工事を開始する際、コンフィ(そのエラやハロを作った人あるいはその子孫)が1頭、次いで3人のアバ・ヘレガがそれぞれ1頭の計4頭の牛を屠殺した。

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    ダス郡にあるElla Dambicha
  5. ダス・ワレダElla Dima Balbalaの場合:コンフィの発案で2009年に補修をしている。このエラはKarayuというクラン(ゴサ)の所有であるため、Karayuの長老が会議を開催し、Karayu及びその他のクランの利用者から3万ブル集めることに決まった。各自の負担額は牛の保有数によることとし、多数の牛を保有する人は350~500ブル、少ない人は30~50ブルとなった。負担金はオラ(自然集落)毎にジャルサ・ドゥガが集めた。また工事に参加するのは36世帯、世帯当たり2人、週3日ということになった。20日間程度工事した後で予算を見直したところ不足することがわかったため追加で1万5千ブル集めた。しかしそれでも工事が終わらなかったので、ジャルサ・ゴサが牛に水を飲ませる日に利用者が工事することと決めたが、洪水のためにエラが埋まってしまいそのまま使われなくなっている。

エラの位置とクランの関係

 国際連合食糧農業機関(FAO)の”Ella / Borena Well Mapping Report (February 2012)”では対象4郡で240余りのエラの調査を行っており、アバ・エラであるクラン(ゴサ)も一覧になっている。そこで各クランがどのくらいの数のエラを所有しているかについて一覧にしてみた。一番数が多いのはSabboクランのKarayuクランの69、次いで同じく外婚半族SabboのDigeluクランが32、外婚半族GoonaのAwatuクランが32となっている。クラン別のエラの分布から特に明確な傾向は見られないが、外婚半族SabboのKarayu、Digelu、Metariクランがディレ郡、ダス郡の中央部に多数のエラを所有しているのに対して外婚半族GoonaのAwatuクランは西の外れのヤベロ郡Areri村、東の外れのアレロ郡Wachore村に比較的多くのエラを所有していることがわかる。

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ボランのクラン(ゴサ)別のエラの数

乾季にエラに集まる牛たちの数

 上述のFAOのレポートではそれぞれのエラの利用者としてエラ周辺在住の世帯数と家畜の数をあげており、世帯数で最大600、家畜数で最大5,200となっている。しかしながら乾季、特に干ばつ時にはこれをかなり上回る家畜が遠方から集まっていると考えられる。そこで乾季また干ばつ時にどの程度の家畜が集まっているかについて、いくつかのエラで聞き取り調査を行った。その結果を下図に示す。

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エラを利用する牛の数

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ディレ郡Dubluk村に33あるというエラの一つ