いまある社会関係を活かした開発を目指して

エチオピア南部の半乾燥地ボラナ県などで学んだことを、忘れてしまわないうちに…。No Day But Today / Carpe Diem

(1) アディス・アベバからボレナ県(ヤベロ)へ

はじめに

 これは2012年から2015年にかけてエチオピアで実施された、JICA『農村地域における対応能力強化緊急開発計画策定プロジェクト(Rural Resilience Enhancement Project [RREP])』の活動の記録を、報告書、月報・週報・業務報告書およびメモなどから再構成しようというものだ。プロジェクト終了から4年が経ち、このままだとこのプロジェクトで何を考え、何を学び、そしてどのようなことを試行していたのかがわからなくなってしまいそうなので、とにかく何か残しておかなければと思った。

 1999-2001年にケニアのバリンゴ県の半乾燥地農村開発計画調査(JICA)に従事して以来、2003-4年のマラウイの小規模灌漑開発技術力向上計画調査(JICA)、2005-7年のケニアのニャンド及びホマベイ県における地方開発プログラム調査(JICA)、2008-10年のアムハラ州流域管理・生計改善計画調査(JICA)、2010-11年のエジプトの農産物流通改善を通じた上エジプト農村振興プロジェクト(JICA)と、ほぼ一貫してアフリカで農村開発・参加型開発に関わって来た中で、ようやくちょっとしたブレイクスルーのようなものがあったような気がしている。けれども能力不足で、それをうまく説明できないもどかしさがある。そこで文章でうまくまとめられないにしても、記録のようなものだけは残しておきたい。

 筆者はこのプロジェクトのうち、ボレナ・ゾーン(以下「ボレナ県」と呼ぶ)で実施されたコンポーネント1に、コミュニティ開発/行政能力強化と農村リスク管理の担当として関わっていたので、プロジェクト全体ではなく、特定の分野の話が中心になることを、あらかじめお断りしておきたい。

 このプロジェクトのコンポーネント1の成果としては「牧畜地域において対象とする牧畜民・農牧民の干ばつに対するレジリエンスが強化される。この成果達成のために、オロミア州南部ボレナ県を対象としてコンポーネント1(水へのアクセス改善、家畜マーケティング能力強化、草地管理・牧草栽培、営農技術支援等)のパイロット事業を実施し、その成果を検証する」ことが期待されていた。

 この指示を初めて読んだ時、レジリエンスという単語の意味がわからなくて辞書で調べたこと(1.〔病気・不幸・困難・苦境などからの〕回復力、立ち直る力、復活力、2. 〔変形された物が元の形に戻る〕復元力、弾力(性)[英辞郎 on the WEBによる])、そしてEUなどが干ばつや紛争に対して行っている『レジリエンスを高める』という形の援助についてインターネットで勉強したことを思い出す。

 そこで考えたことが二つあった。一つはレジリエンスにも物理的なレジリエンスと社会的なレジリエンスがあるだろうということだ。例えばため池を深く大きくして容量を増やすというのは物理的な解決策だが、ため池の維持管理がうまくできる、自分たちで新たなため池を増やす、あるいは複数の水源をうまく共用したり助け合ったりするというのは社会的な解決策ではないかと考えた訳だ。

 二つ目は、人や社会(コミュニティ、行政組織など)の能力を向上させることで社会的なレジリエンスを高めれば、干ばつによるリスクを小さくすることができるであろうということだった。そしてそれがコミュニティ開発/行政能力強化と農村リスク管理の担当としての仕事になるのだろうと考えた。ただその際に想定していたのは「家族⇒大家族⇒氏族(ボレナ社会ではゴサ[gosa]*1と呼ばれ16ある)⇒ガダ・システムGada System、ボレナでは8年の年齢階梯制が基本で、そのトップはアバ・ガダ(Aba Gada)と呼ばれ、8年に一度交代する。2018年に就任した新しいアバ・ガダは71代目なので、約560年続いているという計算になる)」というような形で、社会関係を拡げて行ければレジリエンスが高まるのではないかという、言わば平面的な認識でしかなかった。その当初の認識が変わって行ったプロセスを記録しておこうというのが、このブログの目的と言ってもよいかも知れない。

 実は「こんなこともわからないで現場に入っているのか」というコメントを学者の方から頂いたことがあるのだが、まさにその通りだと思っている。人類学の方は同じ集落に何年も住み込んで研究をするが、筆者は地域開発のプランナーという職業のため、いろいろな国の県、あるいは複数の県を対象としている。そうなると集落は千の単位、村でも百、二百とあるため、地域という面を相手にするプランナーはなかなか詳細に立ち入ることができない。そんな中で少しでもボトムアップ(参加型)で組み立てて行くためにどんなことをしているのか、それを少しでも知って頂ければと思っている。

 さて、ボレナ県はケニアとの国境沿いにあって、オロミア州の南東部に位置し、13のワレダworeda、以下「郡」と呼ぶ)と256のケベレ(kebele: 行政村。牧畜地域ではPastorarist Association, PAと呼ばれる。以下「村」と呼ぶ)から構成されていた。全13郡のうち10郡は低地に位置し、主に牧畜民や農牧民が居住しているのに対して、北部の3郡は高地にあり、耕作が盛んに行われていた。2007年国勢調査によると、人口は962,489人、面積は45,435km2で、人口密度は21人/km2 となるが、この数字はオロミア州の平均人口密度77人/km2 に比べてかなり低くなっている。

アディス・アベバからボレナ県(ヤベロ)へ

f:id:axbxcxRR:20190530220437p:plain

地図(アディス・アベバ〜ボレナ県ヤベロ)google Map

 2012年4月7日(土)、いよいよ現場に向かう。アディス・アベバからまず国道1号線(A1)を南東のジブチソマリア方面に80km(1時間半)ほど走り、次いでオロミア州東シェワ県のモジョで右折して国道7号線(A7)に入り、ズワイ、シャシャマネの町を通って南部諸民族州の北端にある州都アワッサまで、計約300km、5時間ほどの道のりだ。GPSによればアディス・アベバの標高が2,302m、モジョが1,795m、ズワイが1,645mなので、ズワイまで概ね下った後、いったんシャシャマネ(1,947m)に上り、再びアワッサ(1,698m)に下りる感じになる。モジョの手前のデブレ・ゼイトまでは工業団地などが立ち並ぶが、そこから先は東シェワ県の穀倉地帯の風景となり、テフの農地やバラ栽培の温室などが続く。さらに進むと次第に乾燥した景色となり、家畜が目につくようになる。

f:id:axbxcxRR:20190605224748j:plain

アディス・アベバ近郊の工業団地

f:id:axbxcxRR:20190605225059j:plain

東方工業園

f:id:axbxcxRR:20190605225256j:plain

東シェワ県の田園風景(テフの農地)

f:id:axbxcxRR:20190605225448j:plain

バラ栽培の温室

f:id:axbxcxRR:20190530221908j:plain

東シェワ県の半乾燥地に入る

 アワッサで1泊した後、国道8号線(A8)をケニアとの国境モヤレ方面に南下、コーヒーの栽培で有名なシダマ県、ゲデオ県イルガ・チェフェなどを通ってボレナ県の県庁所在地ヤベロまで約300km、6時間の道のりになる。アワッサから約90km・2時間のところにあるゲデオ県の県庁所在地ディラ(標高1,521m)まではやや下るが、そこから約100km・2時間半は上りとなり、ゲデオ県のイルガ・チェフェで標高1,864m、ゲデブでは標高2,249mに達する。この辺りの道路沿いではエンセーテ(偽バナナ、根茎を食用とする)の林が目立つ。その後、州境(南部諸民族州から再びオロミア州に入る)を越えた辺りを最高地点(標高2,358m)として道は下りに転じる。2018年、ゲデオと西グジとの間の衝突により100万人と言われる国内難民を出しているのはこの辺りだ。州境から30分ほど下るとハゲレ・マリアム(プロジェクト実施時はボレナ県の高地部だったが、2016年6月に西グジ県として独立し、その県庁所在地となった)に達し、標高は1,894mまで下がる。そこからは基本的に下りでボレナ県の県庁所在地ヤベロ(標高1,627m)まで約100km・1時間半になる。初めてボレナ県に入って思ったのは、そこがまったくの半乾燥地だということだった。2008-2010年と関わったエチオピアのアムハラ州の3県8郡のハイランドとは別世界で、むしろ1999-2001年に従事したケニアのバリンゴ県と似ている気がして、何だか懐かしいような気持ちになった。

f:id:axbxcxRR:20190605230024j:plain

シダマ県のコーヒーの花の季節

f:id:axbxcxRR:20190605231615j:plain

コーヒー豆の天日干し

f:id:axbxcxRR:20190530222024j:plain

ゲデオ県のエンセーテに囲まれた家

f:id:axbxcxRR:20190530222905j:plain

ボレナ県の高地部に入る

f:id:axbxcxRR:20190530222754j:plain

ボレナ県の低地の景色









 

*1:

ボレナ・エスニック・グループの「父系出自体系はサッボ(Sabbo)とゴーナ(Goona)という外婚半族で、半族はそれぞれいくつかの父系クラン(gosa)によって構成され、クランは二次クラン(mana)、三次クラン(balbala)に分節する。出自集団はボラナ社会で最も重要な社会組織である」(田川玄、2008)